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研究紹介

星細胞を起点として理解する多彩な病態と新しい治療戦略の創出

背  景

 

本研究テーマでは,星細胞の機能と,その機能異常を原因とする病態を解明することで,まったく新しい治療戦略を創出することをめざします.

 

そのために,細胞生物学の実験技術を駆使し,細胞工学・組織病理学・免疫組織化学・遺伝子改変動物の作製技術を広く取り入れ,病因の解析を通じて新しい治療法の開発をめざす基礎研究を追求している.

 

なかでも,核内受容体の関連領域に集中し,脂溶性ビタミンを扱ってきた.とくに,ビタミンAの生理活性体であるレチノイン酸を用いて研究活動を行ってきた.レチノイン酸は,核内受容体のリガンドで,標的遺伝子のレチノイン酸応答配列に結合し,遺伝子転写を制御することで,多数のシグナル伝達に関与する.がん細胞では,がん幹細胞の分化誘導・細胞増殖抑制・アポトーシスの誘導など,抗腫瘍効果を発揮する.

 

レチノイン酸代謝酵素CYP26A1は,細胞内のレチノイン酸を枯渇させ,レチノイン酸依存性転写装置を不活化する.その結果,多彩な遺伝子群の包括的な発現変化を介して,造腫瘍性や浸潤能などのさまざまな悪性形質の獲得を促すことから,CYP26A1は,がん遺伝子として機能することを証明した.

 

また,種々のヒトがん組織で,CYP26A1の高発現がみられ,複数の予後因子と有意な相関性を示すことも明らかにした.以上より,私たちは,レチノイン酸の効果が,全身性の血中濃度よりも,むしろ,個々の細胞内の絶対量に依存するとの独自の概念を提唱してきた.

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図1 レチノイン酸を枯渇する活性化星細胞は,さまざまな病態に関与する

 

通常,星細胞は,静止期の状態で(左カラム),多数の細胞突起を伸ばし(上中段),Oil red O染色で,細胞質にビタミンAを含む多数の脂肪滴(赤いドット)を確認できる(下段).

 

一方,炎症や増殖刺激で活性化し(右カラム),形態変化とともに,細胞質の脂肪滴を失う.活性化星細胞は,分化刺激で,静止期となり,相互に可逆的である.

 

レチノイン酸の作用

レチノイン酸前駆物質であるビタミンAの約80%は,伊東細胞を含む星細胞に貯蔵されている.この細胞の働きも,細胞内レチノイン酸量に依存し,その減少が多様な病態をひきおこす[図1]

 

例えば,肝星細胞は,慢性肝疾患で活性化する.その結果,組織傷害にともない肝組織の線維化が進行し,最終的に,肝硬変に至る.実際,私は,レチノイン酸を含有する星細胞が,上皮,および,内皮細胞間のタイト結合を,パラクライン機構によって安定化し,上皮,および,内皮のバリア機能の恒常性に寄与する可能性を示した.

 

例えば,血管バリアの破綻に起因する糖尿病網膜症に対し,レチノイン酸投与による網膜星細胞機能の正常化が,病状に好転をもたらす [図2上].また,レチノイン酸は,炎症性腸疾患における大腸粘膜の透過性亢進に対しても有効であり,この現象にも大腸星細胞が関与する [図2下]

 
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図2 レチノイン酸で星細胞の機能異常を正常化し,バリア機能の恒常性を保つ

(上段)糖尿病モデル動物では,病態初期から,網膜毛細血管の透過性が亢進する.そのため,標識物質の全身投与で,網膜内への標識物質の漏出が確認できる.網膜星細胞の機能を,レチノイン酸の全トランス体,および,ある種の合成レチノイン酸で正常化すると,網膜内への標識物質の漏出が阻害できる.

(下段)同様に,腸炎モデルでみられる腸粘膜バリアの破綻(深掘れ潰瘍の形成)を,大腸星細胞機能の正常化で予防できる.

 

“A star alliance of stellate cells” の概念

星細胞は,肝星細胞(伊東細胞)のみならず,全身の諸臓器に存在することが知られている.

 

レチノイン酸は,星細胞から生成されること,レチノイン酸を枯渇する星細胞が,多彩な病気の発生と進行に関与することから,星細胞の機能解明が必須である.したがって,全身の星細胞,すなわち,スターアライアンスの全貌を俯瞰し,スターアライアンスメンバーである星細胞の機能異常を理解する必要がある [図3]

 
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図3 広義の星細胞は,全身に存在する

全身に存在する星細胞(stellate cell)は,いわば,肝外星細胞系(a star alliance)を形成する.(膵星細胞,および,スターアライアンスの公式ウェブサイトの図を引用し改変)

 

結論と展望

さまざまな病態におけるレチノイン酸の作用は,細胞内レチノイン酸量という概念を導入することで明確となる.同概念に立脚して,レチノイン酸依存性の転写機構を標的とする治療戦略を新規開発することが最終目標である.

とくに,広義の星細胞は全身に分布し,種々の病態に関わることから,星細胞を標的とする治療法に期待がかかる.

 

これまで,星細胞は,いわば“脇役”であった.しかし,さまざまな疾患病態を直接制御する“主役”の可能性がある.レチノイン酸を用いて,星細胞を起点に細胞や組織の機能異常を理解する試みは,これまで類をみないと自負している.

 

多くの病気は,一定程度進行してから診断される.しかし,病気によっては,診断できてからでは遅いものがあり,発症前の対策,すなわち先制医療が求められる.

 

星細胞標的療法は,病態の進行を制御するばかりか,病気の発症前に介入する,いわば,精密医療をめざす予防法である.星細胞標的療法は,星細胞の機能異常を原因とする多様な病態が治療対象となる.今後,星細胞標的療法のパラダイム提示を試みたい.

 
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